「足利氏館」@16城目

2019年8月10日

■城名
足利氏館(あしかがしやかた)

■称号
日本100名城

■別名
鑁阿寺(ばんなじ)

■築城年
1196年(建久7年)

■築城者
鑁阿(足利義兼)

■主な改修者

■主な城主
足利義国

■天守

■天守構造

■城郭構造

■城分類
平城

■縄張り
方形居館
鑁阿寺はもともとは足利氏の館(やかた)であり、現在でも、四方に門を設け、寺の境内の周りには土塁と堀がめぐっており、鎌倉時代前後の武士の館の面影が残されている。

■歴史
12世紀半ば – 足利氏の祖・源義康が同地に居館(足利氏館)を構える。
1196年(建久7年) – 足利義兼(戒名:鑁阿)が理真を招聘し、自宅である居館に大日如来を奉納した持仏堂、堀内御堂を建立。
1234年(文暦元年) – 足利義氏が伽藍を整備、足利氏の氏寺となる。

■見どころ
(国宝)多宝塔
(重要文化財)鐘楼、経堂、金銅鑁字御正体

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栃木県足利市にある足利氏の館に行ってきました。

足利氏の祖である源義康が12世紀半ばに館を構えたことから始まるらしいです。

方形にお堀で囲んだ館でお城なのかなと行く前は思っていたのですが、行ってみたら非常に良かったです。

足利氏館は名称としてはあまり有名ではなく、地図上では「鑁阿寺(ばんなじ)」となっています。

1234年に足利義氏が館から氏寺に整備したそうです。

前日の夜に到着し、目の前にビジネスホテルに泊まりました。

翌朝早朝にさっそく見学したのですが、入口の太鼓橋から非常に風情がありました。

鑁阿寺は真言宗大日派の本山であり、本堂が国宝指定されていることからも非常に素晴らしいところです。

橋の横には足利氏の館であったことを示す標識がありました。

東西南北に門が設置されています。お堀の周りをぐるっと一周廻りましたが、どの門も素晴らしく水掘と土塁で囲われており小さいながらもしっかりしたお城です。

正面の山門をくぐると真正面に本堂が見えます。

こちらは非常に大きいです。

建立は1299年らしく、その後1400年頃に大規模な改修が行われたらしいですが、ずっと建っています。

お城で現存天守は12城、最も古くて16世紀後半と言われている中、13世紀後半に作られたこの本堂は少し歴史の重みが違う気がしました。

この本堂の左手側にあるお守り等が置かれている場所に100名城スタンプは置かれています。

朝9時からですが、8時過ぎにお寺の方に話したらスタンプを出してくれました。

本堂は国宝ですが、それ以外にもたくさんの見どころがあります。

東西南北の門も良いのですが、鐘楼も立派でした。1196年からずっとあるようですので八百年以上この地を守っています。

他にも多宝塔は屋根は正方形ですが壁は円形になっており、鎌倉時代によくここまでの建造物を建築できたなと不思議に思います。

日本の木造建築のすごさを認識でき、非常に良かったです。

最後の敷地にある大銀杏の木を眺めて出ました。

小さいから期待できないとか館なので城なのかとか思っていたのが恥ずかしいです。

大小に現れない歴史を感じることが出来ました。

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