「高井城(たかいじょう)」206城目@日本の城 #千葉県

■城名
高井城(たかいじょう)

■別名
下高井城

■所在地
茨城県取手市下高井

■見ごたえ
★★★

■築城年
長治年間(1104〜1106)

■廃城年
天正18年(1590)

■築城者
信太(高井)重国

■主な城主
高井氏

■城分類
平山城

■遺構
曲輪、腰曲輪、土塁、横堀(空堀)

■歴史(ChatGPTより)

高井城(たかいじょう)は、現在の茨城県取手市下高井に築かれた戦国時代の平山城です。小貝川南岸の台地上に位置し、下総国と常陸国を結ぶ交通路や小貝川流域を見渡せる要衝に築かれました。現在は「高井城址公園」として整備され、発掘調査の成果をもとに城跡が保存されています。利根川・小貝川流域を守る重要な城郭の一つとして知られています。

築城年代や築城者については明確な記録が残されていませんが、中世にこの地域を支配した相馬氏によって築かれたと考えられています。相馬氏は千葉氏の一族であり、下総国北部から現在の取手市周辺にかけて勢力を築いていました。戦国時代には後北条氏の勢力下に入り、この地域の防衛を担う城として高井城を維持していたとみられます。

城は約200メートル四方の城域を持つ平山城で、中心となる主郭と二つの曲輪、さらに外郭から構成されていました。主郭は南北約65メートル、東西約45メートルの規模を持ち、その周囲を土塁が巡る堅固な造りとなっていました。台地の地形を巧みに利用した縄張りは、中世城郭らしい防御性の高い構造を備えており、敵の侵入を防ぐための工夫が随所に見られます。

高井城は、小貝川流域を監視するとともに、利根川方面へ通じる交通路を押さえる軍事拠点として重要な役割を果たしました。また、周辺の戸頭城や井野城、小金城などと連携しながら、北総地域から常陸南部にかけての防衛網の一翼を担っていたと考えられています。

しかし、天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原征伐で後北条氏が滅亡すると、高井城を支配していた相馬氏も所領を没収されました。これにより高井城は役割を終え、そのまま廃城となりました。その後は長い年月を経て城跡は農地などとなりましたが、1983年と1993年に取手市による発掘調査が実施され、土塁や堀などの遺構が確認されました。

現在は高井城址公園として整備され、城郭の地形を活かした公園となっています。土の城らしい起伏や縄張りを感じながら散策でき、現地の案内板では発掘調査の成果や城の歴史を知ることができます。派手な天守や石垣はありませんが、戦国時代の城郭本来の姿を感じられる貴重な史跡です。

高井城は、相馬氏や後北条氏の勢力が及んだ北総・利根川流域の歴史を知るうえで重要な城跡です。布施城や小金城、根木内城など周辺の城跡とあわせて巡ることで、戦国時代の防衛網や地域支配の様子をより深く理解することができるでしょう。

■場所

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■城巡り記録

2026年7月9日

高井城址公園を歩くと、緩やかな台地の地形を巧みに利用した縄張りがよく分かり、中世の土の城ならではの魅力を感じました。土塁の跡や郭の配置からは、防御を重視した実戦的な城であったことが伝わってきます。現在は公園として整備されているため散策しやすく、案内板を見ながら当時の姿を想像するのも楽しみの一つです。布施城や小金城など周辺の城跡とあわせて巡ることで、相馬氏や後北条氏が築いた防衛網の広がりを実感できる見学となりました。

そして、ものすごい蚊がたくさんいました。

虫よけ対策必須です。

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