■城名
根戸城(ねどじょう)
■別名
根戸城山
■所在地
千葉県我孫子市根戸
■見ごたえ
★★★
■築城年
1478年 (文明10年)?
■築城者
太田道灌
■城分類
平山城
■遺構
郭、土塁、空堀
■歴史(ChatGPTより)
根戸城(ねどじょう)は、千葉県我孫子市根戸に築かれた戦国時代の平山城で、下総台地の標高約16~18メートルの半島状台地に位置しています。我孫子市内では最も西にある城跡で、高田支谷と花野井支谷に挟まれた天然の要害に築かれました。現在は私有地となっているため自由に立ち入ることはできませんが、遺構の保存状態は極めて良好で、我孫子市内でも有数の中世城郭として知られています。
根戸城の築城年代や築城者は明らかになっていません。現存する史料が非常に少なく、城について記された最初の文献は大正9年(1920年)刊行の『富勢村史』であるため、築城の経緯や城主を断定できる資料は残されていません。一方で、周辺には松ヶ崎城や戸張城、小金城などの戦国時代の城郭が集中していることから、それらと連携して手賀沼周辺を防衛する拠点として築かれた可能性が高いと考えられています。また、近くには「道灌橋」という地名が残ることから、太田道灌が築いたという伝承もありますが、これを裏付ける史料は確認されていません。
城は東西二つの郭が一直線に並ぶ「直線連郭式」の縄張りを持ち、それぞれの郭は土塁と空堀によって厳重に囲まれています。東側の郭は城の中心部であり、本丸と考えられています。周囲には高い土塁と空堀が巡り、土橋を介して西側の郭と連絡する構造になっています。郭内には複数の虎口が設けられ、敵の侵入を制限しながら防御する工夫が見られます。
西側の郭は東側より一段高い位置にあり、南側は急峻な崖、その他の三方は空堀によって守られています。特に北西部には逆乙字型堀切と考えられる特徴的な遺構が残されており、これは戦国時代の実戦的な城郭に多く見られる防御施設です。自然地形を巧みに利用しながら人工的な土木技術を組み合わせた縄張りは、戦国時代の築城技術を知るうえで非常に価値が高いものとなっています。
現在、城跡の大部分は私有地の山林として保たれているため、良好な遺構が残されている一方で、見学には土地所有者への配慮が必要です。土塁や空堀の保存状態は非常に優れており、専門家からも我孫子市内で最も保存状態の良い城跡の一つと評価されています。
根戸城は、小金城や松ヶ崎城、戸張城などとともに手賀沼周辺の防衛網を構成した重要な城郭であったと考えられています。派手な天守や石垣はありませんが、戦国時代の土の城の魅力を色濃く残す貴重な史跡であり、東葛地域の中世史を知るうえで欠かせない城跡です。
■場所
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■城巡り記録
2026年7月9日

根戸城は私有地のため見学には配慮が必要ですが、外周からでも空堀や土塁が良好に残る様子が分かり、保存状態の素晴らしさを実感しました。自然地形を巧みに利用した縄張りや、直線連郭式の構造からは、実戦を強く意識した戦国時代の城であることが伝わってきます。周辺の松ヶ崎城や戸張城、小金城との位置関係を考えながら見学すると、この地域一帯が堅固な防衛網を形成していたことが理解でき、東葛地域の戦国史の奥深さを改めて感じることができました。
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