「猪苗代城(いなわしろじょう)」196城目@日本の城 #福島県

■城名
猪苗代城(いなわしろじょう)

■別名
亀ヶ城、(鶴峰城、鶴峯城)

■所在地
福島県耶麻郡猪苗代町古城町

■見ごたえ
★★★

■築城年
不明

■築城者
佐原経連

■主な城主
佐原氏(猪苗代氏)

■城郭構造
平山城

■遺構
曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)

■指定文化財
県史跡(猪苗代城跡 附 鶴峰城跡)

■歴史(ChatGPTより)

猪苗代城 は、福島県耶麻郡猪苗代町にある平山城で、別名「亀ヶ城」として親しまれている。猪苗代湖を望む小高い丘の上に築かれ、中世から幕末まで会津地方の重要拠点として機能した。現在は城跡公園として整備され、本丸や土塁、空堀などの遺構が良好な状態で残されている。

築城の始まりは鎌倉時代に遡る。会津地方を与えられた 佐原経連 が猪苗代氏を名乗り、この地に居館あるいは城郭を築いたのが起源とされる。以後、猪苗代氏は約400年にわたり当地を支配した。猪苗代氏は会津の有力大名である蘆名氏と同族関係にあったが、対立と従属を繰り返した。

戦国時代末期の天正17年(1589年)、当主 猪苗代盛国 は 伊達政宗 に内応し、これが 摺上原の戦い における蘆名氏滅亡の大きな要因となった。豊臣秀吉による奥州仕置後、猪苗代氏は当地を離れ、長く続いた支配に終止符が打たれた。

その後、会津を治めた蒲生氏、上杉氏、加藤氏の時代を経て、猪苗代城は会津領防衛の重要拠点として存続した。江戸幕府による一国一城令が発布された際も例外的に存続が認められ、会津藩の有力家臣が城代として配置された。特に蒲生氏郷の時代には城の整備が進み、現在も残る石垣や枡形虎口はこの頃に築かれたと考えられている。

寛永20年(1643年)に 保科正之 が会津藩主となると、猪苗代城は会津北西部の防衛拠点として重要性を増した。また、近くに建立された 土津神社 に葬られた保科正之の墓所を守る役割も担った。

幕末の 戊辰戦争 では、母成峠の戦いで新政府軍が勝利し会津へ侵攻すると、城代の高橋権大夫は城を敵に利用されることを防ぐため自ら焼き払い、若松へ撤退した。こうして猪苗代城の建物は失われ、城としての歴史に幕を下ろした。

現在の猪苗代城跡は桜の名所としても知られている。明治時代以降に公園として整備され、多くの桜やツツジが植えられた。春には城跡を彩る満開の桜と磐梯山の雄大な姿を同時に楽しむことができる。また、幼少期の 野口英世 が遊んだ場所としても知られている。

城跡には本丸、二の郭、帯郭、土塁、空堀が残り、大手口には穴太積みと呼ばれる技法を用いた石垣も確認できる。天守や櫓は残っていないものの、戦国から幕末にかけての会津の歴史を静かに伝える貴重な城跡であり、会津地方の城郭を知る上で欠かせない存在となっている。

■場所

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■城巡り記録

2026年6月13日

今回初めて猪苗代城(亀ヶ城)を訪れた。正直なところ、会津若松城や白河小峰城のような壮大な天守や石垣を期待していたわけではない。しかし実際に現地を歩いてみると、この城には派手さこそないものの、会津の歴史を支えてきた重みが確かに残されていた。

まず印象に残ったのは、本丸へ向かうまでの地形である。城は比高約30メートルほどの丘陵上に築かれた平山城で、周囲を見渡すと猪苗代湖や磐梯山を望むことができる。この景観を目の当たりにすると、なぜこの場所が城の立地として選ばれたのかがよく理解できる。会津盆地への出入口を押さえる要衝であり、軍事的にも交通的にも重要な地点だったことが実感できた。

城内では本丸や二の郭、土塁、空堀などが比較的良好に残っている。天守や櫓はないが、遺構を見ながら縄張りを想像するのが城好きの楽しみだ。本丸を囲む土塁を歩いていると、中世城郭の雰囲気が色濃く感じられた。石垣主体の近世城郭とは異なり、地形を巧みに利用した防御施設には戦国の息吹が残っている。

特に興味深かったのは、大手口の枡形虎口である。穴太積みと呼ばれる技法を用いた石垣が残り、蒲生氏時代の改修の痕跡と考えられている。戦国期の猪苗代氏の城と、近世会津藩の支城としての姿が重なり合う点に、この城の歴史的な面白さを感じた。

また、猪苗代城は蘆名氏と伊達氏の抗争を語る上でも重要な城である。猪苗代盛国の離反が摺上原の戦いの勝敗を左右し、会津の歴史を大きく変えたことを思うと、この静かな城跡が戦国史の転換点の舞台だったことに驚かされる。さらに江戸時代には一国一城令の例外として存続し、保科正之ゆかりの地を守る役割も担った。こうした歴史の積み重ねを知っていると、ただの公園には見えなくなる。

訪れた日は桜の季節ではなかったが、城内に植えられた桜並木を見て、春には多くの人で賑わう理由も理解できた。野口英世が少年時代に遊んだ場所でもあると知り、歴史の連続性を感じた。

猪苗代城は豪壮な天守を持つ名城ではない。しかし、中世から近世、そして幕末へと続く会津の歴史を静かに語り続ける城である。

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