「茶臼山城(ちゃうすやまじょう)」216城目@日本の城 #新潟県

■城名
茶臼山城(ちゃうすやまじょう)

■別名
矢住城(やずみじょう)

■所在地
新潟県上越市頸城区矢住1640番地

■見ごたえ
★

■築城年
南北朝時代

■廃城年
不明(天正7年/1579年落城)

■築城者
不明(河野氏説、吉川区・顕法寺城の支城として築城)

■主な城主
黒金摂津守、手島清蔵源影行

■城郭構造
連郭式

■城分類
山城(平山城)

■遺構
本丸(主郭)、二の郭、土塁、空堀、堀切、大井戸

■歴史(GEMINIより)

茶臼山城(ちゃうすやまじょう)は、現在の新潟県上越市頸城区矢住に位置する標高約42mの独立丘陵に築かれた戦国時代の山城跡です。頸城平野の北東部に位置し、顕法寺城の支城および春日山城の属城として機能していました。
1. 南北朝時代の築城と支城としての地政学的位置
築城は南北朝時代に遡るとされ、吉川区にある顕法寺城の支城として整備されたと伝えられています。平野部を見渡せる小高い山塊に築かれ、居館とされる山麓の屋敷跡とともに地域の要衝を守る防衛拠点でした。上杉時代には黒金摂津守や手島氏が城主を務めました。
2. 御館の乱の激闘と姫の悲話
天正6年(1578年)からの「御館の乱」において、城主・手島清蔵源影行は上杉景虎方に加担しました。しかし景勝軍に城を包囲されて戦況が悪化。手島氏は柿崎・大潟湿地方面への脱出を図りますが、留守となった城に残された姫は景勝軍の乱入を前に二の郭の大きな井戸に身を投げ自刃したという悲しい伝承(井戸から琴の音が聞こえるという昔話)が残されています。
3. 現在の茶臼山城跡公園
現在は「茶臼山城跡公園」として散策路や駐車場が整備されています。平坦な主郭(本丸)跡や二の郭のほか、伝説の舞台となった直径約2mの大井戸跡や土塁・空堀などの遺構がくっきりと残されており、静けさの中で歴史のロマンを感じられる史跡となっています。

 

■場所

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

■城巡り記録

2026年10月10日

10月10日、気持ちの良い秋晴れの下、新潟県上越市頸城区にある「茶臼山城(ちゃうすやまじょう)」へ足を延ばしてきました。

この茶臼山城は、湖(溜池)のほとりに広がる「茶臼山城跡公園」としてきれいに整備されている城跡です。歴史を紐解くと、かつて上杉謙信の没後に起きた「御館の乱(おたてのらん)」において上杉景虎側に就き、壮絶な落城劇や姫の哀しい伝承が残る悲劇の舞台でもあります。

現地に到着してみると、祝日の秋晴れにもかかわらず人の気配はほとんどなく、非常に閑散とした雰囲気が漂っていました。

公園として遊歩道や案内板などは一通り整えられているものの、正直な感想としては、他のお城のように目を引くような大きな建築物や目立つ観光的なスポットがあるわけではなく、「あまり見どころはなさそうだな……」というのが第一印象でした。観光地としての賑やかさや派手な見栄えを期待して訪れると、少し肩すかしを食らってしまうかもしれません。

しかし、静まり返った湖畔の公園をゆっくりと歩いていると、人の手が入りすぎていないからこその静寂と哀愁を感じることができます。

かつて激しい戦いが行われ、城主や姫たちのドラマがあった場所が、今はただ風の音と湖面の揺らぎだけが包み込む静かな公園となっている——その落差に思いを馳せると、なんとも言えない味わい深さがありました。

派手な観光要素や大きな見どころはありませんが、混雑を避けて静かに歴史の余韻に浸りたい方や、上越エリアのマイナーな城跡をじっくり巡りたい歴史好きの方には、また違った趣を感じられる場所かもしれません。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 旅行ブログ 日本遺産へ
にほんブログ村
にほんブログ村 歴史ブログ 城・宮殿へ
にほんブログ村
にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村

人気ブログランキング

お城巡りランキング

お城・史跡ランキング

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする