「松前城」#北海道

松前城 | 北海道観光公式サイト GoodDay北海道
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■城名
松前城

■所在地
北海道

■称号
日本100名城、日本さくら名所100選

■別名
福山城

■築城年
安政元年(1855年)

■築城者
松前崇広

■主な改修者

■主な城主
松前氏

■天守

■天守構造
独立式層塔型3重3階(1855年(安政元年)築 非現存)
(1960年RC造外観復元)

■城郭構造
平山城

■城分類

■縄張り
築城の縄張りは、日本三大兵学者と呼ばれた長沼流の市川一学に依頼された。
一学は息子の市川十郎とともに松前に渡り、藩内を調査し、箱館の北にある庄司山から大川付近が最適地であるとして意見具申した。
藩士側は、松前が交易の中心かつ父祖伝来の土地であること、そして移転に要する多額の費用を捻出することは難しいため、現在の福山館を拡大し、海岸に砲台を設置すべきと反論。
市川十郎は箱館移転と福山館拡張の二案を幕府に提出し、幕府の採決により福山館拡張で決定した。
松前内蔵広当が総奉行に任じられ、1850年(嘉永3年)7月以降に福山館の撤去と縄張りが開始。
石材には城北東部から採れる緑色凝灰岩を中心に、重要部分には兵庫の本御影石などが用いられた
城は本丸から三の丸まで総面積21,074坪で、三重櫓、二重櫓、太鼓櫓が建てられた
城の強化のため、外郭石垣の輪郭を大きくし、さらに内側に二重の石垣を設置。建物の壁も、その外側に落とし板が付けられた
旧式城郭として異例の砲台が三の丸に7つ置かれ、城のほかにも海岸砲台が16砲台33門築造された

■歴史
前身の福山館は、松前慶広の代に、松前氏が居城としていた大館(徳山館)より福山へ移城した際、1600年(慶長5年)から1606年(慶長11年)にかけて建設された
福山館は堀や石垣があり、本丸のほか二ノ丸、北ノ丸、櫓が築かれていたが、松前氏が無城待遇だったことから、正式に城とは呼ばれなかった。
江戸幕府は異国船到来の増加を受けた海防強化のため、松前藩主となったばかりの松前崇広に1849年(嘉永2年)7月10日、新たに築城を命じた。
居城であった福山館を拡張する形で築城し、1855年(安政元年)に完成した。
石田城と並び日本における最後期、かつ、北海道内で唯一つの日本式城郭である。
箱館戦争では、明治元年11月5日(1868年12月18日)に土方歳三が率いる旧幕府軍に攻め落とされたが、翌年、新政府軍が奪回した。
明治維新後、天守などを除く城の大半が取り壊されたが、天守は国宝保存法に基づく国宝に指定された。
1949年(昭和24年)6月5日に類焼により焼失
創建当時から現存する建築物は切妻造の本丸御門と本丸表御殿玄関(北海道有形文化財)および旧寺町御門(現在の阿吽寺山門)のみである。

■見どころ
(遺構)本丸御門、御殿玄関、石垣、土塁、堀

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