「白河小峰城」61城目@100名城 #福島県

■城名
白河小峰城(しらかわこみねじょう)

■別名
白河城、小峰城

■所在地
福島県白河市追廻46

■見ごたえ
★★★★★

■築城年
興国元年〔南朝〕/暦応3年〔北朝〕(1340)

■廃城年
明治4年(1871)

■築城者
結城親朝

■主な改修者
丹羽長重

■主な城主
結城氏、蒲生氏、丹羽氏、松平氏、阿部氏

■天守
復元天守

■天守構造
複合式望楼型御三階櫓[3重3階/1632年築/焼失(落城)]
複合式望楼型御三階櫓[3重3階/1991年再/木造復元)

■城郭構造
梯郭式

■城分類
平山城

■遺構
曲輪、石垣、土塁、横堀

■再建造物
三重櫓、太鼓櫓、門

■指定文化財
国史跡(小峰城跡)

■歴史(ChatGPTより)

福島県白河市にある 小峰城 は、阿武隈川と谷津田川に挟まれた小峰ヶ岡に築かれた平山城である。東北地方では珍しい総石垣造りの近世城郭として知られ、盛岡城、若松城 とともに「東北三名城」の一つに数えられている。また、2006年には 日本城郭協会 が選定する 日本100名城 の13番に選ばれた名城でもある。

小峰城の起源は南北朝時代の1340年頃にさかのぼる。白河地方を支配した結城親朝が小峰ヶ岡に築城したのが始まりと伝えられている。当初は現在よりも小規模な山城に近い構造であったが、江戸時代初期に大きな転機を迎える。1627年に白河藩主となった丹羽長重が幕府の命を受けて大改築を実施し、約4年の歳月をかけて1632年に現在の姿を完成させた。阿武隈川の流路を変更しながら本丸・二の丸・三の丸を整備し、総石垣による壮大な近世城郭へと生まれ変わったのである。

縄張りは梯郭式を採用し、北端に本丸、その南に二の丸、三の丸を配置する構造となっている。本丸の周囲には帯郭や竹之丸が設けられ、防御力を高めていた。特に本丸と二の丸を囲む石垣は見事で、東北地方では珍しい本格的な石垣造りの城として高く評価されている。

城の象徴が、本丸に建てられた三重三階の 御三階櫓 である。実質的には天守に相当する建物で、黒漆塗りの下見板張りが美しい威容を誇っていた。しかし1868年の 戊辰戦争 における 白河口の戦い で城は激戦地となり、多くの建物が焼失して落城した。

明治維新後は廃城となり、長く石垣のみが残る状態であったが、1987年から本格的な史跡整備が始まった。そして1991年、御三階櫓が木造で復元された。この復元は日本の城郭復元史において画期的なものであり、図面や古写真、発掘調査に基づいて木造復元された天守相当建築として先駆的な存在となった。その後も前御門などが復元され、往時の城の姿が徐々によみがえっている。

2011年の 東日本大震災 では石垣が大規模に崩落し、本丸への立ち入りが禁止された。しかし崩れた石を一つひとつ元の位置に戻すという気の遠くなるような修復作業が行われ、その技術は後に 熊本城 の石垣修復にも活用された。2015年には本丸が再公開され、2019年に石垣修復が完了している。

現在の小峰城は城山公園として整備され、御三階櫓からは白河市街を一望できる。園内には白河藩や結城氏、阿部氏に関する資料を展示する 白河集古苑 があり、白河の歴史を学ぶこともできる。また、木造復元された櫓や壮大な石垣は、近世城郭の魅力を間近に感じられる貴重な文化財となっている。

小峰城は、南北朝時代の築城から江戸時代の大改築、戊辰戦争の激戦、そして震災からの復興まで、約700年にわたる歴史を刻んできた城である。白河の歴史と人々の努力を象徴する存在として、現在も多くの観光客や城郭ファンを魅了し続けている。

■ご城印

■場所

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■城巡り記録

2026年6月12日

行きたかった白河小峰城。

東京からバイクを飛ばしていくことが出来ました。

石垣がどこも立派でした。

木造天守も復元天守であるため、しっかりと階段も急で良かった。

立派なお城でした。

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