
■城名
鐙摺城(あぶずりじょう)
■別名
軍見山、旗立山
■所在地
神奈川県三浦郡葉山町堀内
■見ごたえ
★★
■築城年
平安時代後期
■築城者
三浦氏
■主な城主
三浦氏
■城分類
山城
■遺構
曲輪、土塁
■指定文化財
町史跡(鐙摺城跡)
■歴史(ChatGPTより)
鐙摺城(あぶずりじょう)は、現在の神奈川県葉山町、葉山港の東側にある海へ突き出した小丘に築かれていたとされる城館である。相模湾を望むこの地は、海上交通と陸上交通の双方を監視できる要衝であり、三浦半島西岸の防衛・支配において重要な役割を果たしたと考えられている。
この城は、鎌倉時代の有力御家人である 三浦義澄 にゆかりの地とされる。義澄がこの地に旗を立てて軍勢の士気を高めたという伝承から、城のある山は「旗立山」とも呼ばれている。こうした伝承は、この場所が単なる居館ではなく、軍事的な拠点としても機能していたことを示唆している。
山頂部は比較的平坦で、簡易な曲輪として利用可能な地形を備えている。現在、北側には 伊東祐親 の供養塔があり、この周辺に土塁状の遺構が見られるとされる。これらは後世の改変も考えられるものの、城郭的な構造の名残と見ることもでき、往時の防御施設の存在をうかがわせる。
また、交通の観点から見ても、この立地は極めて重要である。かつての旧街道は、現在の道路のように山の東側を通るのではなく、西側を大きく迂回する形で通っていたとされる。そのため、鐙摺城はこの街道を見下ろす位置にあり、往来する人や物資の監視、さらには軍事行動における押さえの拠点として機能した可能性が高い。
このように鐙摺城は、三浦氏の勢力圏における沿岸防衛と交通掌握を担った小規模ながら重要な拠点であったと考えられる。現在は明確な城郭遺構こそ多くは残っていないものの、地形や伝承、わずかな痕跡から、鎌倉・三浦地域の中世史における役割を読み取ることができる。海と陸の境界に位置するこの小丘は、静かな景観の中に、かつての軍事的緊張と歴史の記憶を今に伝えているのである。
■場所
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■城巡り記録
2026年3月20日

葉山日蔭茶屋の駐車場の横にある階段を上ると行くことが出来ます。
なかなかの良い道。
といってもすぐに本郭に到着します。

こちらは景色がすごく良いです。
たしかにここから敵情を確認し、味方の士気を高めるために旗を立てたということもうなずけます。



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