「村上城」23城目@続100名城 #新潟県

■城名
村上城(むらかみじょう)

■別名
舞鶴城、本庄城

■所在地
新潟県村上市

■見ごたえ
★★★★

■築城年
不明(1500年代)

■廃城年
1871年(明治4年)

■築城者
本庄氏

■主な改修者
村上頼勝・松平直矩

■主な城主
本庄氏、堀氏、内藤氏

■天守
非現存

■天守構造
望楼型3重(非現存・1598年築)
望楼型3重(非現存・1649年改)

■城分類
平山城

■縄張
本丸
位置: 山の頂上に位置する。
構造: 最も重要な防御拠点であり、城主の居住区や指揮所があったとされる。石垣が周囲を取り囲んでおり、内部には天守台や主要な建物の跡が残っています。
二の丸
位置: 本丸の北側に隣接する。
構造: 本丸を防御するための第2の防御拠点。広さは本丸よりも大きく、兵士の居住区や兵站の中心地として利用されたと考えられる。
三の丸
位置: 二の丸の北側に位置する。
構造: より外側の防御拠点で、敵の侵入をさらに防ぐ役割を果たした。広い敷地があり、農地や物資の貯蔵場所としても利用されていた可能性がある。
空堀と石垣
空堀: 本丸、二の丸、三の丸を区切るために掘られた深い溝。これにより、敵の侵入を困難にしました。
石垣: 各丸の周囲には高い石垣が築かれ、防御力を高めるとともに城の美観を向上させました。
登城路
ルート: 山の麓から本丸に至る登城路が複数設けられており、それぞれのルートには複数の門が配置されていました。
防御設備: 登城路には、曲輪や門、櫓などの防御施設が配置され、敵の侵入を防ぐ工夫が施されています。
出丸
位置: 山の中腹や麓に設けられた。
構造: 城の防御を強化するための小規模な砦や見張り台。これにより、周囲の監視や防御を補強しました。
村上城の縄張りは、山の地形を巧みに利用し、複数の丸や防御設備を配置することで、堅固な防御を実現しています。この構造は、戦国時代の城郭建築の特徴をよく表しており、歴史的な価値が高いです。

■歴史
戦国時代
築城: 越後揚北衆の本庄時長、あるいは息子の本庄房長によって16世紀初頭に築城されたとみられています。当時は「本庄城」と呼ばれ、木柵で防御された中世式の城郭でした。
反旗: 永禄11年(1568年)、城主本庄繁長は上杉謙信に反旗を翻しました。1年にわたって籠城し抵抗しましたが、伊達氏、蘆名氏の斡旋を受け入れ、嫡子顕長を人質に出し、一部の所領を没収されることで講和を受け入れました。

安土桃山時代
転封と改築: 慶長3年(1598年)、本庄氏が会津に転封された後、堀秀治の家臣である村上頼勝が領主となりました。村上氏によって始められた近世城郭への改築工事は、堀直寄の時代に完成しました。堀氏の時代には3重の天守が建てられ、城下町の構えや町割りも整備されました。

江戸時代
松平氏の入城: 慶安2年(1649年)、姫路から松平直矩が入城しました。寛文年間には村上城は大規模に改修され、天守・櫓等が新たに造り直されました。しかし、寛文7年(1667年)に落雷により天守等が焼失し、以後天守は再建されませんでした。
藩主の変遷と改修: 天保年間(1830年-1844年)には居館が解体され、長法寺本堂に再利用されました。城主は度々変わり、その度に城の修繕や改築が行われました。

幕末
戊辰戦争: 幕末の戊辰戦争では、内藤家の村上藩は親幕府派と新政府派で意見が分かれて分裂状態となりました。慶応4年(1868年)、官軍に抗しきれないとみた親幕府派の藩士が山麓居館に火を放って庄内方面へ脱出し、庄内藩兵と合流して新政府軍と交戦しました。

明治時代
廃城: 明治3年(1870年)、新たに成立した「村上県(後に新潟県に合併)」の知事となった内藤信美は、焼け残っていた城郭の破却を政府に届出し、受理されました。城下の諸門や石垣はほとんど無傷で残っていましたが、明治8年までに解体・売却されました。市内にはこの時に売り払われた石垣の一部が、民家の庭石や塀の礎石として残っています。

現代
戦後の変遷: 第二次世界大戦後の高度成長期には城下の土塁や堀が損なわれ、市中も区画整理されて城下町の面影が薄くなりました。現在、村上城跡は観光名所として整備され、歴史的な遺構や景観を楽しむことができます。
村上城はその長い歴史を通じて、地域の政治・経済・文化の中心として重要な役割を果たし、その遺構や歴史は地域の誇りとして大切にされています。”

■遺構
石垣、堀

■指定文化財
国史跡

■場所

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■城巡り記録

2024年3月13日

新潟にある村上城。

このお城にはなかなか行くことは出来ないだろうなぁと思っていたのですが、JRの素晴らしいフリーパスによってその機会が予想より早く訪れました。

新潟駅から1時間ちょっとで村上駅へ。

どんな田舎だろうと思っていたのですが、そうでもありません。


活気があるというほどではありませんが、駅も立派です。

そこから村上城まで徒歩で行きました。

駅から真っ直ぐな道を進んでいきます。

眼の前に山があり、その山頂が整備された状態がうっすら見えますので、これが村上城です。

それほど高い山でなかったので安心しました。

先に続100名城スタンプを押しに行きます。


東北電力のセンターで押せるみたいで、お城から近かったので立ち寄りました。


室内が開放されていて、トイレとかも利用できるしパンフレットも置いてあったので非常にありがたいです。

調べ忘れていましたが、御城印も近くの神社でやっていたそうです。

しかも印刷ではなく手書きっぽかったので、行かなかったことを帰りの新幹線で後悔しました。

登城口から登ります。


しっかり階段が整備されていて安心です。


勝手なイメージでた鬱蒼とした山城で雪も残っていて危険なのではないかと思ってたのですがそんな事はありません。


七曲りの階段は緩やかな階段で、雪はまったくなく、非常に登りやすかったです。

そして、七曲り坂を登りきると見えてくるのは立派な石垣。


いや、山頂にこんなきれいな石垣が積まれているなんて信じられないですよね。


それも登り坂に合わせてきれいに積まれています。


門の場所にしっかりとした門があったらどう攻めるかかなり悩みますね。


石垣の横を上って行くことになりますけど、石垣の上から矢や鉄砲が放たれると考えると、この細い道で登り坂。狙われますね。

そして上まで上り本丸に入ると絶景が目の前に広がります。


海まで見渡せる場所で、手前は広い川。

この場所はかなり要所として良い場所だと思います。

しっかり整備された村上城。


かなり楽しめました。

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