■城名
中山城(なかやまじょう)
■別名
-
■所在地
群馬県吾妻郡高山村中山
■見ごたえ
★★☆
■築城年
1582年(天正10年)頃
■廃城年
1590年(天正18年)
■築城者
北条氏
■主な城主
北条氏
■城分類
丘城
■歴史
徳川と北条の領土争いが盛んだった頃、真田昌幸は当初北条方に帰属していたものの、一転して謀反を起こし、徳川方に付き従います。
これを知った北条氏直が北条氏邦に命じ、真田の拠点「岩櫃城」と「名胡桃城」の中間にある中山の地を占拠させました。この際、北条氏の真田攻めの拠点として設置されたのが中山城です。
当時は、かつての沼田城主であった沼田顕泰の子「赤見山城守」が城を守っていました。その後の細かな歴史動向は明らかにされていませんが、北条氏が滅亡した天正18年(1590年)に、中山城は廃城となりました。
■遺構
土塁、空堀
■指定文化財
村史跡
■ご城印
■場所
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■城巡り記録
2023年7月28日
名胡桃城から岩櫃城に向かう途中にあるお城です。
北条方から徳川方に寝返った真田氏に対して、北条方は真田氏を攻めるためにこの場所にお城を築いたのだとか。
田畑の真ん中に標識がありました。
この道だなと行ってみたのですが、そこから坂道を登ってみると道が荒れてきます。
上まで行くと開けた畑がありましたが、お城の気配がなく。
更に道を進んで、一度下り、回ってみると今度は中山城市の案内板がありました。
どこかで道を間違えたのだろうともう一度戻ってみると、どうやら坂を登る前に右に行くようです。
バイクを置いて、そこから先は歩いていきます。
これは少し気が付きづらいですね。
少し進むと上り坂があり、真田街道の旗もありました。
こちらであっているようです。
上っていくと本郭に到着しました。
木々があり、静かな場所でした。
その先に先程間違えて上った畑がありますが、その間には非常に深い堀があります。
これは掘られたものなのか、もともとこういった地形だったのか、でも先程の畑の場所からはこちらには来れないですね。
一度戻って、今度は中山城の御城印を購入するために道の駅に行きました。
中山城周辺は全く人がいなかったのですが、この道の駅はかなり人がいてびっくりです。
見晴らしも良いですし、良い場所ですね。
こちらで白と黒の2種類の御城印を購入しました。
「楔を打ち込む境目の城」とは、なかなか良いタイトルですね
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