「波多野城」33城目@日本の城 #神奈川県秦野市

■城名
波多野城(はだのじょう)

■別名

■所在地
神奈川県秦野市寺山

■築城年
鎌倉時代

■築城者
波多野次郎

■主な城主
波多野氏

■城分類
平山城

■歴史
波多野氏の先祖は藤原秀郷の子孫で佐伯経範といい母方の姓を称し、源氏の家臣でした。
「波多野」を開発し所領としたことから姓としたものと思われます。
平安時代の末に起こった欧州の安倍氏の乱において源頼義、義家父子に従い、黄海(きのみ岩手県一関市藤沢町黄海)の戦いで討死しました。
子孫の義通は保元(1156年)・平治(1160年)の両乱で源頼朝に従い活躍しました。

治承四年(1180年)源頼朝が挙兵した際、波多野義常は参戦を拒み、松田の館で自害します。
その後、叔父の義景が継ぎ、更に建保元年(1213年)和田義盛の乱で義景の子・盛通が和田方に付き滅ぶと、義常の弟・忠綱にその実権が移ったと考えられます。

■再建造物
石碑、説明板

■場所

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■城巡り記録

2022年12月4日

秦野に来たので、これは波多野城に行かなくてはと思い行ってきました。

秦野は波多野と関係があるのでしょう。

秦氏という大和政権時代の渡来人の姓も関係があるようで、波多野郷があったとの記載もあり、どちらの漢字が先かは分かっていないようです。


ただし、波多野氏がこの辺一帯を治めていたことは間違いなく、鎌倉時代に活躍した御家人のようです。

和田合戦では親族が別れて戦ったとか。

そんな波多野城は山の中にあり、畑の中にぽつんと石碑がありました。


少し土塁上になった上にあり、階段を上って金網に囲まれた先にあります。


畑があった場所を一部提供してもらった感じでしょうか。


景色の良い場所で鉄塔がたくさん見えるのが少し気になりますが、石碑や説明文があり、何もないよりは良かったです。

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