「柴崎陣屋」209城目@日本の城 #東京都

■城名
柴崎陣屋

■別名
柴崎城

■所在地
東京都調布市柴崎2丁目

■見ごたえ

■築城者
喜多見氏(木田見氏)あるいは柴崎氏

■城分類
陣屋

■歴史(GEMINIより)

柴崎城について

柴崎稲荷神社は、京王線柴崎駅から北へ約700~800mの場所にあります。現在の境内には城郭遺構は確認されておらず、城跡としての案内板もありません。

一方、城郭研究系の資料では、この場所を**柴崎城(別称・柴崎陣屋)**とする説があります。築城者については、

武蔵七党・野与党の柴崎氏
江戸氏の一族である木田見氏(喜多見氏)

という二つの説が紹介されています。特に「木田見氏が戦国時代に築いた」という説がよく紹介されています。

ただし重要なのは、柴崎城の存在そのものを裏付ける確実な史料や遺構が非常に乏しいことです。城郭図鑑も「柴崎稲荷神社を含む台地上に柴崎城があった」とする根拠は、古い『日本城郭全集』などに限られるとしており、神社の由緒からも城の手掛かりは得られないとしています。

「高台」という点は面白い

これは現地を見るうえで重要です。

柴崎稲荷神社は周辺より高い場所にあり、現在でも台地・斜面地形を確認できます。神社の由緒を紹介する資料でも、南方を見渡せる場所だったことが記されています。

ただし、

高台だから城があった

とは断定できません。神社そのものが古くからこの地域の鎮守だったため、神社として高燥で見晴らしのよい場所を選んだ可能性も考える必要があります。

深大寺城との関係

ここも興味深いところです。

近くの深大寺城跡は、16世紀前半に扇谷上杉氏が再興したことが明らかになっている国指定史跡です。標高約50mの武蔵野台地南端に築かれ、空堀・土塁・3つの曲輪が確認されています。

そのため、

深大寺城 → 柴崎城(?) → 周辺の館・城館

という中世~戦国期の防衛ネットワークを想像したくなりますが、柴崎城が深大寺城の出城だったと証明されているわけではありません。あくまで地理的な近さから考えられる仮説です。

城跡巡りとしての評価

個人的には、ここはかなり**「城跡マニア向け」**の場所です。

■場所

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■城巡り記録

2026年8月22日

深大寺城に行く前に、ここにあったという柴崎陣屋に訪れました。

詳細不明ながら、あったといってもおかしくない場所でした。

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