「大和郡山城(やまとこおりやまじょう)」44城目@続100名城 #奈良県

■城名
大和郡山城(やまとこおりやまじょう)

■別名
郡山城、冠山城、犬伏城、雁陣之城

■所在地
奈良県大和郡山市城内町

■見ごたえ
★★★★

■築城年
応保2年(1162)[雁陣之城]
天正8年(1580)[郡山城]

■廃城年
明治6年(1873)

■築城者
郡山衆[雁陣之城]
筒井順慶[郡山城]

■主な改修者
筒井順慶、豊臣秀長、増田長盛

■主な城主
筒井氏、豊臣氏、水野氏、柳沢氏

■天守
焼失により未完

■天守構造
型式不明[5重6階?/1583年築/焼失(火災)?]

■城郭構造
輪郭式

■城分類
平山城

■遺構
曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)

■再建造物
追手向櫓、追手門、東隅櫓、多聞櫓

■指定文化財
国史跡(郡山城跡)

■歴史(GEMINIより)

大和郡山城(やまときょうりやまじょう)は、奈良県大和郡山市に位置する平山城であり、大和国(現在の奈良県)の中心として機能した大名城です。別名を「犬伏城(いぬぶせじょう)」とも呼びます。

大和国の政治・経済・文化の拠点として発展し、国の史跡および「続日本100名城」に選定されています。

■ 歴史と変遷
築城の始まり
天正8年(1580年)、織田信長の命を受けた筒井順慶が、それまでの本拠地であった筒井城から移り、大和国唯一の城郭として築城を開始しました。

豊臣秀長による大改修(全盛期)
天正13年(1585年)、豊臣秀吉の弟である豊臣秀長(羽柴秀長)が大和・和泉・紀伊100万石の領主として入封しました。秀長は「100万石の城」にふさわしい大規模な城郭と城下町の形成を進め、大和郡山城の骨格を完成させました。

豊臣後期から江戸時代へ
秀長の没後、五奉行の一人である増田長盛が入城し、城下町全体を堀と土塁で囲む大規模な「惣構(そうがまえ)」を構築しました。関ヶ原の戦い以降は徳川方の管轄となり、水野氏や松平氏、本多氏など譜代大名が歴代城主を務めました。

柳沢氏の治世
享保9年(1724年)、徳川綱吉の側用人であった柳澤吉保の子・柳沢吉里が入封しました。以降、明治維新までの約150年間にわたり柳沢氏15万石の居城として栄えました。

■ 構造と特徴
西ノ京丘陵を生かした縄張
奈良盆地北西部の丘陵南端に位置し、高低差を生かした平山城の構造を持っています。本丸を中心に二ノ丸や毘沙門曲輪、常盤曲輪などを配し、内堀・中堀・外堀の三重の堀が巡らされていました。

「さかさ地蔵」などの大量の転用石
城の建造にあたり奈良周辺で石材が不足したため、寺院の礎石、五輪塔、墓石、石仏などの「転用石」が大量に石垣へ組み込まれました。特に天守台の石垣には、大永3年(1523年)の刻印がある地蔵菩薩像が上下逆さまの状態で埋め込まれた「さかさ地蔵」が存在し、当時の突貫工事の様子を今に伝える特徴的な遺構となっています。

「幻の天守」の実証
長らく絵図や明確な記録がなく、存在が謎とされていた天守ですが、2014年の発掘調査で天守台から礎石や金箔瓦が発見され、豊臣期に実際に天守が存在していたことが実証されました。

■ 明治以降と現在の見どころ
明治6年(1873年)の廃城令により、櫓や城門などの建築物は破却・売却されましたが、石垣や堀の大部分は残り続けました。

建築物の復元整備
昭和50年代から昭和60年代にかけて、市民の寄付や市による再建事業によって「追手門」「追手向櫓」「追手東隅櫓」「多聞櫓」などが復元されました。さらに令和3年(2021年)には、本丸と毘沙門曲輪を結ぶ「極楽橋」が約150年ぶりに復元され、当時の趣を取り戻しています。

天守台展望施設
平成29年(2017年)に天守台の修復・整備が完了し、天守台からの展望施設が公開されました。標高約81mからの眺望は秀逸で、薬師寺や東大寺大仏殿、若草山など大和盆地を一望できます。

日本さくら名所100選
城跡内には約600本〜800本のソメイヨシノが植えられており、「御殿桜」として親しまれています。1990年には「日本さくら名所100選」に選出され、毎年春の「大和郡山お城まつり」には多くの訪問者で賑わいます。

大和郡山城は、戦国時代から江戸時代の多様な築城技術・歴史的変遷を感じ取れるとともに、地域の象徴として愛され続ける歴史公園です。

■ご城印

■場所

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■城巡り記録

2026年8月11日

NHKの大河ドラマが今年は豊臣兄弟。

豊臣秀長を主人公にした作品です。

あまり目立たない存在であった秀吉の弟に焦点を当てるのはいいですね。

和歌山城に行ったときに秀長のすごさを理解しましたが、ドラマを見て改めて興味を持ちました。

せっかくなので秀長に関係するお城をと思い、大和郡山城へ行きました。

天守は作っているときに焼失してしまったようですが、立派な天守台が見ごたえありました。

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