■城名
松ヶ崎城(まつがさきじょう)
■別名
松ケ崎城
■所在地
千葉県柏市松ヶ崎字腰巻457-1他
■見ごたえ
★★★
■築城年
不明
■築城者
不明
■主な城主
匝瑳氏
■城分類
平山城
■遺構
曲輪、腰曲輪、土塁、横堀(空堀)、虎口、櫓台
■歴史(ChatGPTより)
松ヶ崎城(まつがさきじょう)は、千葉県柏市松ヶ崎に築かれた戦国時代の平山城です。JR北柏駅の北西約500メートル、大堀川と地金堀が合流する地点を見下ろす半島状台地の先端部に築かれ、手賀沼西端の水陸交通を押さえる重要な拠点であったと考えられています。現在も城跡は山林として残されており、土塁や空堀などの遺構が良好な状態で保存されていることから、東葛地域を代表する中世城郭の一つとなっています。
築城年代や築城者を記した確実な史料は残されていませんが、手賀沼周辺の交通の要衝という立地から、戦国時代にこの地域を支配した高城氏、あるいはその家臣によって築かれた可能性が高いと考えられています。周辺には小金城、根木内城、根戸城、幸谷城などが点在しており、松ヶ崎城もそれらと連携して防衛網を形成し、水運や街道を監視する役割を担っていたと推測されています。
城は半島状台地の南端を利用した小規模な単郭式の縄張りで、主郭は約60メートル四方の方形をしています。主郭の東・北・西の三方には土塁が築かれ、その外側には深い空堀が巡らされています。南側は急斜面となっており、天然の地形を利用した防御構造となっています。また、南斜面には二段の腰曲輪が設けられ、防御力をさらに高めていました。かつては西側の腰曲輪に「倶利迦羅不動尊(三境の不動)」が祀られていましたが、平成7年(1995年)の火災により焼失しています。
主郭内部は完全な平坦地ではなく、北から南へ緩やかに傾斜しており、さらに土塁によって内部が区画されています。虎口は東・北・西の三方向に設けられていたと考えられ、東側には古墳を利用したとみられる櫓台状の高まりが残っています。北側には土橋を伴う虎口、西側には張り出した防御施設と城外へ続く通路跡が確認されており、小規模ながら実戦を意識した巧みな縄張りが特徴です。
松ヶ崎周辺は古くから手賀沼の水運で栄えた地域でした。応永26年(1419年)の香取神宮文書には、相馬松崎から瓦材が船で運ばれたことが記されており、中世には重要な船着場として機能していたことが分かっています。また周辺には中馬場遺跡や北ノ内遺跡など中世の集落跡も数多く残され、この地域が交通と物流の拠点であったことを物語っています。
現在の松ヶ崎城跡は静かな雑木林の中にあり、土塁や空堀、腰曲輪など中世城郭本来の姿を観察できる貴重な史跡です。小金城や根木内城、根戸城とあわせて巡れば、戦国時代の東葛地域に築かれた城郭ネットワークと、水運を支配した城の役割をより深く理解することができます。
■ご城印

■場所
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■城巡り記録
2026年7月9日


松ヶ崎城跡を歩くと、雑木林に囲まれた静かな環境の中に土塁や空堀が良好な状態で残されており、中世の城の雰囲気を存分に味わうことができました。規模は大きくありませんが、半島状台地の地形を巧みに利用した縄張りや腰曲輪など、防御を重視した工夫がよく分かります。手賀沼の水運を押さえる重要な拠点だったことを思い浮かべながら見学すると、城の役割がより実感できました。根戸城や小金城など周辺の城跡とあわせて巡ることで、東葛地域の戦国史への理解が一層深まりました。
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