■城名
山口城
■別名
宇治田原城
■所在地
京都府宇治田原町
■見ごたえ
★
■廃城年
1600年(慶長5年)頃
■築城者
山口秀康
■主な城主
山口氏
■城分類
山城
■歴史(ChatGPTより)
山口城は、山口秀康(山口甚介秀康)の居城とされる城で、戦国時代の動乱の中で一時的に重要な役割を果たしたと伝えられている。
特に知られるのが、天正10年(1582年)の本能寺の変 に関連する逸話である。この事件で主君・織田信長 を失った徳川家康 は、当時滞在していた堺から命からがら三河へ帰還する「伊賀越え」を決行した。その逃避行の途中で、この山口城に立ち寄り、休息を取ったと伝えられている。
家康はその後、奥山田を経て信楽、さらに伊賀へと進み、険しい山道を越えて無事に本国へ帰還した。この一連の行程は、家康の生涯における最大の危機の一つとして知られ、山口城はその重要な中継地の一つとして位置づけられている。
山口氏はその後も存続したが、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い の際に改易となり、それに伴って山口城も廃城となったとされる。
現在、城跡は茶畑となっており、土塁や堀などの明確な遺構は残されていない。しかし、こうした伝承から、山口城は単なる地方の小城にとどまらず、戦国史の大きな転換点に関わる場所として、歴史的な意味を持つ存在といえる。
■場所
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■城巡り記録
2026年3月29日

神君伊賀越えジャーニーランというマラソン大会のチェックポイントとして立ち寄った場所。
たどり着いたときは夜で真っ暗。
何とか説明版読めましたが、周りには遺構などはないみたい。
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