「滝山城」5城目@続100名城 #東京都

■城名
滝山城

■所在地
東京都八王子市丹木町

■称号
続日本100名城

■別名
武州瀧山城、瀧山城、横山城、竹山城

■築城年
大永元年(1521年)諸説あり

■廃城年

■築城者
大石定重

■主な改修者
北条氏照

■主な城主
大石定重、大石定久、北条氏照

■天守
なし

■城郭構造
連郭式

■城分類
丘城

■縄張り
多摩川と秋川の合流点にある加住丘陵の複雑な地形を巧みに利用した天然の要塞で、関東随一の規模を誇ったという。
遺構の保存状態がよく、かつ遺構の分かりやすく、中世城郭の最高傑作とも言われている。

■歴史
1521年(永正18年・大永元年)山内上杉氏の重臣で、武蔵国の守護代大石定重、定久が築城し、高月城から移ったといわれているが、実際は分かってない。
1546年(天文15年)、北条氏康が河越の夜戦(河越城の戦い)で扇谷上杉氏を滅ぼし、山内上杉氏の勢力を武蔵から排除すると、大石定久は北条氏康の三男・氏照を娘婿に迎え、事実上、大石氏は北条氏の軍門に下った。1558年(永禄元年)頃、北条氏照は城の大改修を実施した。
天文2年の滝山合戦
天文2年(1533年)、北条氏綱、鶴岡八幡宮造営。定久等費拠出を拒み、滝山城の口実を与えたか。 1536年(天文5年)北条氏康、武田の加勢を得て滝山城攻撃
天文21年の滝山合戦
天文21年(1552年)、長尾景虎方と後北条氏方が滝山城方面にて交戦。
永禄12年の滝山合戦
永禄12年(1569年)、小田原攻撃に向かう武田信玄軍約2万人が滝山城の北側の拝島に陣を敷き、別働隊の小山田信茂隊1千が未整備の間道(甲州街道の前身)を通り小仏峠から進入、これに対し北条氏方は廿里で迎撃したが一蹴された(廿里古戦場)。後北条氏方は予測外の方向より攻められた為、滝山城三の丸まで攻め込まれ落城寸前にまで追い込まれたが、2千の寡兵で凌いだ。しかしこの戦いは、滝山城の防御体制が不十分であることを痛感させ、八王子城を築城し移転するきっかけとなったともいわれている

■見どころ
(遺構) 土塁、横堀、竪堀、畝堀、障子堀、井戸、土橋、枡形虎口、曲輪、堀切

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■城巡り記録

2021年12月13日

コロナ禍ではありますが、緊急事態宣言も解除されたので、密にならないお城巡りです。

本日は滝山城に行ってきました。

八王子駅からバスで20分くらい。結構面倒な場所にあります。

続100名城に選定されたからでしょうか。

結構整備されているようです。

入り口はこちら。

うっそうとした森の中に入っていく感じになっています。

入るとすぐに竹林になりました。

竹のいい匂いがします。

入り口付近はたくさんの竹があり、竹林のお城なのかなと思いました。

しかし、少し行くと木々に代わります。

北条氏照が武田家に攻められたが守り切ったお城です。

かなり奥深く、しっかりしています。

空堀も多数残っています。

道は整備されていて歩きやすいです。

途中千畳敷があります。

非常に広い広場です。

端にはベンチも用意されていて、ハイキングに良いかもしれません。

その先にはぐるっと空堀があります。

かなり深いです。

空堀をぬけると「中の丸」に至ります。

こちらは非常に広い場所です。

最近でしょうか。

公衆トイレもしっかり整備されていました。

そして奥には続100名城のスタンプが置かれている建物があります。

スタンプはびっくりするほど無造作に置かれていましあ。

しかし、その横には「マンガでわかる滝山城」といったしっかりした冊子が置かれており、無料でいただけます。

さらに北条五代の説明や滝山城城攻めマップなど、非常に素晴らしいものが置かれています。

ちょうど築城500年ということですが、非常に力が入っているのが分かります。

とりあえず、スタンプを押しました。

そこから橋を渡り本丸に向かいます。

橋を渡った先に土塁があり、虎口をしっかりと守っています。

本丸はかなりの広さです。

本丸は上下二段となっており、こちらは下段です。

横田基地が近いこともあり、軍事機が頻繁に上空を飛んでいくのが見えました。

本丸には石碑もあります。

そして、本丸の上段へ。

上段は霞神社となっています。

神社の裏手にはものすごい景色が良い場所があります。

そこから見えるのが多摩川です。

立川・昭島方面となります。

非常に景色が良いですね。

そして、この崖。

こちらから攻めるのは難しそうです。

その隣には金毘羅社があります。

さらに下に降りる階段も整備されていました。

帰りは先ほど渡った橋を見えるように橋の横を降りました。

八王子城の橋も素晴らしいですが、こちらの橋もいいですね。

中の丸から本丸に攻めてきた際にはこの橋を落として攻め込めないようにする工夫が当時はなされていたのではないかといわれています。

当時の橋はこれほど頑丈には作られておらず、簡単に落とせるようになっていたのでしょう。

滝山城址。

続日本100名城として、素晴らしいお城でした。

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