「今井城」143城目@日本の城 #神奈川県

■城名
今井城

■別名
今井砦

■所在地
神奈川県横浜市旭区今井町

■見ごたえ

■築城年
不明

■築城者
今井兼平

■城分類
丘城(平山城)

■遺構
横堀(空堀)

■歴史(ChatGPTより)

今井城(いまいじょう)は、神奈川県横浜市保土ヶ谷区今井町に所在したとされる中世城郭で、分類上は山城に位置づけられる。多摩丘陵南端から連なる丘陵地の一角を利用して築かれ、周囲を谷戸に囲まれた自然地形を防御に取り込んだ構造を持っていたと考えられる。

築城主および築城年はいずれも不明で、文献史料に乏しい城であるが、城主としては地名から今井兼平の名が伝承的に挙げられている。今井兼平は在地武士、あるいは鎌倉幕府・室町期の武士団に連なる人物であった可能性があり、今井城は地域支配の拠点、もしくは防衛拠点として機能していたと推測される。ただし、これらは確証史料に基づくものではなく、あくまで比定・伝承の域を出ない。

城の構造で特に注目されるのが、現在も一部確認されている**横堀(空堀)**の存在である。横堀は尾根筋を断ち切るように掘削された防御施設で、敵の侵入を遮断するとともに、城郭の防御線を明確にする役割を果たした。規模は大きくないものの、戦国期以前の山城に典型的な構造であり、今井城が一定の軍事的緊張の中で維持されていたことを示唆している。

一方で、曲輪や土塁などの明瞭な遺構は都市化の進行によりほとんど失われ、現在確認できるのは地形の起伏と横堀の痕跡が中心となっている。城跡には**「今井城址」石碑**が建立されており、かつてこの地に城が存在したことを現在に伝えている。

今井城は、鎌倉・戸塚方面と相模川流域を結ぶ交通路に近い位置にあり、周辺の在地支配や街道監視といった役割を担っていた可能性が高い。大規模な戦国大名の城ではないものの、中世相模国における土豪層の実態を知る上で重要な城郭跡といえる。

現在は住宅地の中に埋もれた存在だが、地形と石碑を手がかりに往時を想像することで、横浜西部の中世史を身近に感じられる城跡である。

■場所

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■城巡り記録

2026年1月16日

グーグルマップを頼りに行ったら、全然わかりませんでした。

全く入り口が分かりません。

コメントなどを参照しながら探したら、金剛寺のバス停の横の細い道が入り口とのこと。

バス停を探し、さらにその細い道。

これは分からない。

本当にこの道で会っているのか恐る恐る進みます。

民家の人からちらっと見られたりして、不安。

でも、階段が出てきてそれっぽくなりました。

石段を上ると祠があります。

その上には石碑。

ちゃんと今井城址の立派な石碑がありました。

竹林の合間から景色が見えます。

なかなか良い場所でした。

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