■城名
国府台城(こうのだいじょう)
■別名
市川城、市河城、鴻之台城
■所在地
千葉県市川市国府台3-3-1他
■称号
■築城年
文明11年(1479)
■廃城年
天正18年(1590)
■築城者
太田資忠
■主な城主
太田氏、千葉氏、里見氏、北条氏
■城郭構造
連郭式
■城分類
平山城
■縄張
太日川(現在の江戸川)と坂川の合流地点に隣接する標高20メートル~30メートルほどの河岸段丘上端にあり、南北650メートルほど東西150メートルほどの細長い城域で、連郭式の平山城を構えるには適した場所です。
■歴史
市河城(市川城)は、享徳の乱の初期に発生した下総千葉氏の内紛の際に、宗家側の生き残りであった千葉実胤・自胤兄弟が籠城しましたが、1456年(康正2年)に陥落(市川合戦)、水運にて栄えた市河津を背後に持ち府中として栄えた市川は大きく衰退し、軍事的・経済的な要所は宗家方勢力(武蔵千葉氏)が落ち延びた武蔵国石浜城や江戸城、反宗家勢力(下総千葉氏)の拠点の1つであった小金城に移ります。
国府台城のは、その後、扇谷上杉家の家臣であった太田道灌が1478年(文明10年)12月に武蔵千葉氏を継承した千葉自胤を援けて下総国境根原(現在の千葉県柏市酒井根付近)での合戦を前に、国府台の地に仮陣を築いたことに始まります。
この際に城地として相応しいと見立て、翌1479年(文明11年)に臼井城にいた千葉氏の千葉孝胤を攻めた際、道灌の弟太田資忠らが、この地に城を築いたと記録に残ります。
当城は要所ですが故に後北条氏、千葉氏、高城氏と里見氏、太田氏、上杉氏らの度重なる勢力争いの舞台となっており、争奪戦が繰り返され、城もまた堅固な城郭として整備されました。
しかし、豊臣秀吉による小田原征伐後、後北条氏に代わって江戸に入府した徳川家康によって廃城にされました。
江戸を見下ろす場所にあったからとも言われています。
■遺構
堀、土塁、井戸
■ご城印
■場所
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■城巡り記録
2022年11月10日
JR総武線の市川駅から江戸川をゆっくり歩きます。
本日は国府台城に行ってきます。
国府台と書いてコウノダイ。
読みにくい・・・。
江戸川は川幅も広くて立派な川ですね。
川の横に木々があり、気持ちの良い道です。
国府台城址は現在は里見公園となっています。
公園の前には「羅漢の井」という湧き水が沸いている場所がありました。
国府台城でもこれを飲料水として使用していたようです。
ここから階段を上ります。
公園は素晴らしく綺麗に整備されていました。
こちらの噴水の周りにはいろいろな種類の薔薇が咲いています。
薔薇園としてしっかり整備されていて素晴らしいですね。
そこから少し上った場所に本丸であろう場所があります。
石垣で囲われた場所が慰霊碑となっています。
こちらには夜泣き石伝説の看板もありました。
里見氏と北条氏が戦い、父が戦死した里見の姫がここで泣き続け亡くなったが、その後もすすり泣く声が石から聞こえたそうです。
この場所だけ静かな一体となっていました。
国府台からの景色は、都心の方が見れます。
直線の急な階段で降りることもできますが、危険なので来た時と同じ緩やかなほうで借りたいと思います。
激戦の地とは思えないほど、よく整備された良い公園でした。
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