「大久保石見守長安陣屋」212城目@日本の城 #東京都

■城名
大久保石見守長安陣屋(おおくぼいわみのかみながやすじんや)

■別名
八王子陣屋、大久保長安陣屋、小門陣屋

■所在地
東京都八王子市小門町82(産千代稲荷神社境内周辺)

■見ごたえ
★★

■築城年
文禄年間(1590年代初頭)

■廃城年
慶長18年(1613年)

■築城者
大久保長安

■主な城主
大久保長安

■城分類
陣屋(平地館)

■遺構
なし

■指定文化財
八王子市指定史跡(大久保石見守長安陣屋跡)

■歴史(GEMINIより)

大久保長安(1545–1613)は、もとは武田信玄・勝頼に仕えた甲州猿楽師の出身でしたが、武田氏滅亡後にその類稀なる財政・土木・農政の手腕を見込まれて徳川家康に登用された異色の武将・代官頭です。徳川氏が関東に移封された文禄年間(1590年代初頭)、長安は八王子(現在の東京都八王子市小門町周辺)に自らの拠点となる陣屋を築きました。

長安が八王子に陣屋を置いた背景には、甲州街道の整備と江戸西方の防衛強化という重要な目的がありました。当時の八王子は、武田遺臣である八王子千人同心を配置し、甲斐国からの侵攻や治安維持に備える軍政・交通の要衝でした。長安はこの地に陣屋を構えると同時に、浅川の氾濫を防ぐ大規模な水害対策(石見土手などの治水工事)を指揮し、整然とした城下町の街割り(八王子十五宿)を断行して八王子の都市基盤を創り上げました。

さらに長安は代官頭として徳川家の財政を支え、佐渡金山や生野銀山、石見銀山などの鉱山開発を次々と成功させました。その功績により徳川家康から絶大な信頼を得て「天下の総代官」と称されるほどの権勢を誇り、この八王子陣屋から全国の直轄領(天領)の支配や道路網の整備、検地などを指揮しました。陣屋の鬼門(東北)にあたる方角には、陣屋の鎮守・守護として産千代稲荷神社を建て、陣屋を中心とした支配体制を強固にしました。

しかし慶長18年(1613年)、長安が病死すると事態は一変します。生前の巨額の不正蓄財や他国との密通疑惑が浮上し、徳川幕府によって「大久保長安事件」と呼ばれる苛烈な粛清が行われました。長安の諸子は全員処刑され、家康によってお家断絶・財産没収の処分が下されました。これに伴い八王子陣屋も廃止・破却され、長安の手掛けた広大な陣屋敷地は民間に払い下げられて宅地や畑地へと姿を変えていきました。

現在、陣屋の建物や遺構は残っていませんが、長安が鬼門除けとして創建した産千代稲荷神社の境内には「大久保石見守長安陣屋跡」の石碑と説明板が設置されており、八王子の発展を築いた偉人の歴史を今に伝えています。

■場所

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■城巡り記録

2026年9月27日

八王子の街づくりに多大な貢献をした大久保長安。

八王子では有名な人物です。

死後に不正が発覚したためあまり有名にはなっていませんが、それでも八王子では立派な人として称えられています。

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