
■城名
長尾城
■別名
長尾台の塁・長尾砦・長尾台城
■所在地
神奈川県横浜市栄区長尾台町
■見ごたえ
★
■築城年
不明
■築城者
長尾氏
■城分類
山城
■歴史(ChatGPTより)
長尾城(ながおじょう)は、神奈川県横浜市栄区長尾台町、旧鎌倉郡長尾郷に所在した山城である。二伝寺砦・村岡城・御幣山城とともに、後北条氏の重要拠点であった玉縄城の支城群の一つに数えられ、さらに関東管領上杉氏の家宰・長尾氏発祥の地と伝えられている点で、歴史的意義の高い城跡である。
城は横浜市と鎌倉市の境界付近に位置し、標高70メートル弱の丘陵から北東方向へ約900メートルにわたって延びる舌状台地上に築かれていた。城域南端にあたる標高68.7メートルの丘陵最高所「南の峰」が本城と考えられているが、現在は住宅地化により地形改変が著しく、明確な城郭遺構の判別は難しい。ただし、東西両側から「南の峰」へと至る城道とみられる山道が残り、その登り切った地点には土塁や虎口状の地形が確認されている。
本城部と北東に続く「塚畑」と呼ばれる台地との間には、幅約50メートルに及ぶ大規模な堀切状の平坦面が存在する。赤星直忠はこれを「大空堀」と位置づけたが、規模が大きすぎるとして自然地形の鞍部を利用したものではないかとの見解も示されている。塚畑の台地は段状の平坦面が連続する構造で、最高部には「和泉三郎」親子の墓と伝わる塚があり、西側には「物見塚」と呼ばれる台状地形も確認されている。これらは戦時に防御・迎撃の拠点として機能した可能性が高い。
長尾城は古くから長尾氏発祥の地とされ、『新編相模国風土記稿』には長尾景茂の居住伝承が記されるが、年代的な齟齬から誤伝と考えられている。一方、城跡北東麓の御霊社は、長尾氏祖・長尾景村の創建と伝えられ、当地が長尾氏の拠点であった記憶を今に伝えている。
■場所
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■城巡り記録
2026年1月16日
玉縄城の近くにある長尾城。
周り一帯は畑で特に何もなく。
案内板があることが唯一の救いかな。

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